「特別支援ラボ」

 金曜日、上司も同僚も休みだったので一人でラボにいた。金曜日はもともと授業があまりないので普段は余り忙しくないのだが、午後2時過ぎになって同時に二人来た。一人は中年のハリーで私の上司に会いに来たという。「もしかすると私でも役に立てるかもしれないけど」と言うと、来春の入学を認められたのでメールアドレスを作ったり、オリエンテーションの予約をオンラインでしなくてはならないという。そしてこれまでにコンピューターをさわったことがないとも加えた。オンラインで必要なページを開くといろいろと情報をキーボードで入力するようになっている。ハリーはまず自分の名前をタイプするところから始めた。「名前の最初の文字はいつも大文字だからシフトキーを押しながら打ってね」などと、普通ならば15分くらいですむ内容を1時間以上かけて手伝った。
我が家とお隣さんの間のフェンスをとって新しくティの木で垣根を作り始めたところ。ティの木はよく家の前やフラのステージに飾られる「幸福の木」

 もう一人の訪問者はやはり中年女性のクッキー。以前にも何回か宿題をやりにラボに来たことがあるが、いつも欲求不満状態で来る。なぜかというと、彼女は基本のタイピングクラスをとっているのだが、内容が初歩でも最近はほとんどの基本クラスがオンラインの教材を使うため、コンピューターのどこをどういじると必要なページが現れ、そしてそのレッスンをこなしたあとどうやってセーブしたりアップロードしたりするのかなど、宿題内容そのものにたどりつくまでが一苦労なのだ。それができないので欲求不満になってラボに来ていつも愚痴るのだが、「それを何とかしようと思ってラボまで来たんだから、問題解決のための第一歩をまずあなたは自分からとったということですばらしいことよ。ラボで第二歩をとればいいだけ」と盛んにおだてるとちょっと気分が落ち着いたのか自分からコンピューターの前に座った。そして宿題を何とか終えてそれをまたオンラインサイトにアップするところでつまづき、またいらいらし始めていた。私が「それそれ、そこのボタンを押して」などと、隣の席のハリーのコンピュータースクリーンと交互にみながら手伝って、彼女はアップロードにこぎつけた。「ここへ来ればいつも誰かがヘルプできるからもっとちょくちょく頻繁に来れば」というとほっとした様子でラボを去っていった。
 10年くらい前までは紙と鉛筆と黒板でしていた講義スタイルは、今やほとんどが別の会社で作られたオンライン講座を利用したレディメード授業に成り代わりつつある。私のラボに来る多くの学生が履修する基礎的な英語や数学はすべてこのクッキーカッタースタイル(金太郎飴式)の授業を受けている。
 講師にとっては楽になったかも知れないが、コンピューターをさわったこともない中年以上の障害学生にとっては、授業内容そのものにたどりつくまでに様々な基本的ITの操作知識を持たなければならない。そしてそういう基本的なIT知識を教えるところは今のところキャンパス内にはどこにもない。というわけでいつも「今日はひまになるかな」と思う日に限って忙しくなる。「ここしか助けてくれるところがないから来る」という言葉を障害学生から聞くと、自分のところしかできないことがある、というエゴを満たされていい気持ちになる反面、世の中一般(この場合は普通大学のキャンパス全体)が障害学生のニーズをはじめから考慮して対応できていれば、コクアラボのような「特別支援ラボ」は必要なくなるな、とも思う。