不安と安心の同居

 2月のこの時期、多くの学生が奨学金や学生ローンの申請をするためにラボにやってくる。申請方法がオンラインだからだ。そのうちの一人、ルーディが最近コンピュータを前に一日に数時間も奨学金申請にタックルしている。何回か顔を合わせたある日、「エッセイのここはこういう書き方でいいか」ともじもじしながら聞いてくるので見てみると、放送禁止用語を使っている。ははぁ、だから遠慮がちに聞くのだな、と思った私は「ええと、これは正式な文書でたぶん識者が読むものだから、もうちょっと客観的に自分を捉えた言い方にしたほうがいいかもね。『○○まみれでドンゾコだったオレの人生』と言うよりも『薬物依存から立ち直った自分』にしたら」と彼にいった。するとルーディは「念を押すけど僕はもう薬物は全くしていないから誤解しないでほしい」という。「心配には及ばないわよ。そういう人はこの大学にはたくさんいるし、麻薬ではなくお酒が違法だった時代も昔はあるくらいで、薬物使用の問題は政治経済がらみだしね」と私がさらりと答えると、彼は半分驚き半分安心の顔をした。おそらく過去に勇気を絞ってこの人は、と思う人に自分の人生を吐露しても、反応は様々だったのだろうか。さげすまれたこともあるのかもしれない。
友人宅でネギ間とカボチャサラダでパーティ

 さてこんないきさつから以後も頻繁にルーディはラボにやってきては奨学金の申請をコツコツと進めている。先週の半ば、「昨日、学習障害の診断テストを半分受けて来週残り半分受けるけど、その後どうすればいい?」と突然聞く。「へぇ、あなたに学習障害があるかもしれないの?」と言うと「いや、まだわからない。でもこの10年以上、オレの人生は問題だらけで何をしてもうまくいかなかった。どうしてなのかわけを知りたいから、その第一歩としてカウンセラーすすめもあって学習障害があるかどうかテストを受けることにした」。
 へぇえ、と思って彼をみると俄かに涙ぐんでいる。私はしばらく沈思して「自分の問題の原因が何なのか探るための努力を自分からしているのは素晴らしいこと。学習障害があるならそれで対策はたくさんあるし、そうでないならまた別の診断テストや検査をすすめられるだろうから、ともかく解決への道へ近づいておめでとう!」と彼に言った。するとルーディは「そうなんだ!自分に何か障害があるかも知れないというのは不安になるけど、ようやくそれが何なのか、これまで自分を苦しめてきた原因が何なのか少しずつわかりかけている、解決が近いところにある、と思うとほっとした気持ちにもなるんだ」と言った。
 ルーディは見たところ30代半ばか。高校をドロップアウトして大検を受けてパスし、昨年の秋学期からカレッジに通っている。刑務所にいたこともあるという。「イヤー、すごい。物事の両面が見えてるよ。あなたはまだまだ若くて先が長いんだから希望を捨てないで生きてね」と人生酸いも甘いも噛み分けた年配者のようなことを思わず言ってしまったが、彼がようやく笑顔を見せたのでこの話はとりあえずめでたし、めでたし。