17歳の処世術

 高校の卒業式まであと一ヶ月余り。ハワイ島の高校では、特殊教育を受ける12年生の卒業後の進路をまとめるミーティング☆☆の追い込みに入っている。今週、ある高校で特別支援学級プログラム☆☆☆を受けている女生徒のミーティングに出かけた。
 生徒はマギーといって学習障害がある。この一年間の彼女の進歩や支援内容を先生方が報告してミーティングが終わろうとするとき、彼女が「ちょっとお願いがあります」という。聞けば「社会のクラスはいつもの教室ではなくて、別室で個人学習をさせてほしい」という。理由を問われてマギーは次のように言った。「社会科の先生と私はうまくいっていません。えこひいきをするのでそれを指摘したら、次の日から級友の面前で私のことをあからさまに非難するのです。今もそれは続いています。またそのクラスは日ごろからとてもうるさくて勉強に集中できません。そのほかにも、その先生は生徒にプロジェクトをやらせている間、コンピューターの陰に隠れてポテトチップを食べたり、個人情報満載のプライバシー文書を封もせずにある生徒に渡して『これを校長室まで届けて』と指示するなど、プロ教師としてあるまじき行動をたくさんとっていて不愉快です」 
タコの足のようだからオクトパス・ツリー

 その場は沈黙となった。会議の座長だった副校長がこの暴露内容にどう反応するか、参加者一同興味津々となったが、「それは知らなかった。その先生に直談判してみたか」と、上司としての責任逃れと生徒への援助表明の中間のようなことを言った。それに対するマギーの反応は「本当はそうしたいのですが、私は後一ヶ月で卒業する身です。その先生とこれ以上対立したくはありません。その先生から『不可』の成績をもらったら卒業できないのは先生方もご存知でしょう。ただ、残り僅か一ヶ月とはいえ、そのクラスに通い続けるのも精神的に非常に苦痛です。プロジェクトもその教室ではうまくできません。なので社会科だけは後一ヶ月の間、別の場所で個人プロジェクトをさせてもらえるよう、先生方から社会科の先生にお願いしていただけないでしょうか」
 すごい外交能力である。私もその場にいた先生たちもマギーの理路整然としたもののいい様に感服するのみ、説得されない者は一人もいなかった。そして副校長の釈然としない対処にリリーフがでた。特殊教育の先生が「じゃあ、『クラスがうるさくて勉強に集中できない』ということにして、私から頼んでみよう。別室は空いているコンピューター室でどうかな」といい、その場はうまく収まった。
 マギーには世間を知らなくても大人の知恵がある。それは、教師といえどもただの人。どの職場にも一人や二人はいる「問題職員」は高校という教育現場にさえいることを知っている。そして、問題職員が特にのさばりやすいのがお役所をはじめとする官僚制度にがんじがらめの組織。ほとんどの上司はみな当たらず触らず、部下の訴えをまともに取り上げる前にまず自己保身に心を砕く。そういう不公正や理不尽に対するには真っ向から戦うよりは根回し。なんだか日本の話のような錯覚を起こすが、対人関係の軋轢というのは古今東西世代を問わず存在するということだ。マギーには学科学習上の「障害」はあるかもしれないが、辛酸なめつくした大人に勝るとも劣らない優れた洞察力がある。「障害者」の定義を改めて考えさせられた一日だった。

アメリカの高校は9年生から12年生までの4年制
☆☆障害児教育法(IDEA=Individual with Disability Education Act)により、障害のある生徒のために毎年行わなければならない個人教育計画会議(IEP=Individual Education Plan)
☆☆☆英語ではスペシャル・エデュケーション・サービス(Special Education Services)