トラウマとリハビリテーションーレジリエンスその4

「目は口ほどにものを言い」とか「40になったら顔に責任を持て」とか、顔は人格とか意思を表す大事な体の部分。そこに障害をもつということは他の部分に障害をもつより厳しいチャレンジに向き合うということだろう。先週ある高校の特殊教育学級を訪れたとき、女子生徒の一人の顔を見て愕然とした。顔の左半分が陥没して、鼻と左目はつぶれ、顔中痛々しい皮膚移植手術痕がある。私は最近頻繁に、特殊教育を受けている高校生の大学進学希望者を対象にワークショップをやっているが、そのミーティングに彼女は来たのだ。彼女以外の参加者は男子生徒3人。こちらは典型的な学習障害(LD)の生徒と見た。
 この4人を前に私が話し始めるとしばらくして、「私は聾です。よく聞こえないのでもうちょっとゆっくり話して」とその女子生徒に止められた。みると左耳には大きな補聴器をしている。私は内心驚いた。どういうわけで顔に障害が残ることになったかはさておき、ちゃんと自分のニーズがわかっておりしかもそれをきちんと周りに伝えることができている。こういう学生を育てるのが私の仕事といってもいいくらい、典型的な高校生は自分の障害のことをよく知らず説明もできない。ミーティングをしていた部屋は人の出入りが激しく、後ろでは教師が電話中で絶えずぶつぶつしゃべっていて私にも耳障りだったところだ。本当は別の静かな部屋へ行きたいが、今日は仕方がない。女子生徒には「じゃあ、私の隣へ来て、聞こえなかったりわからなかったりしたら言ってちょうだい」と頼んだ。そして、私は話を再開したのだが、途中、頻繁に彼女の目を見ては「今のところまでOK?」と聞いた。
キラウエア火口に降りる。後方は2008年3月以来吹き続けている噴煙

 私は、ワークショップの一部として、大学で何を専攻したいのか、その理由はなぜかを生徒たずねる。将来を真剣に考えてもらいたいからだ。真剣に将来を考えて大学に入学してくる学生のほうが、当然卒業率が高い☆☆。彼女の専攻は「ヒューマン・サービス」という。これは障害者、家庭内暴力・犯罪の犠牲者、ホームレス・生活保護を受ける人などがさまざまなサービスやプログラムを受けるためにやってくる政府や民間の機関で働く職員になるためのコースで、アメリカならではの独特な専攻コースだ。カウンセラーや社会福祉士になるためにはまず2年制の短大にあるこの専攻を取ることがキャリアの第一歩となる。それで「なぜその専攻にしたの」と聞くと「チャイルド・アドボケイトになりたい」という。これは児童虐待などで身体的精神的トラウマを受けた子どもたちのために活動家となって働きたいということだ。その後は別の話をしてこの日のワークショップは次回持越しとなった。
 後で特殊教育の担当の先生に聞くと、彼女は子どもの頃に母親に虐待され、ピット・ブル☆☆☆小屋に入れられて放置されたために顔を犬に食べられてしまったという悲惨な過去があった。意識不明の重態で死にかけたが辛うじて命はとりとめた。なんとも痛ましいこの経歴をどうにかこうにか乗り越え(いや今も乗り越えてはいないかも知れないが)、はっきりと将来の方向を考えている。これはすごいことだと思った。私だったらそういう専攻を選ぶどころか、彼女のようにただれた顔で人前に出る勇気すらないかも知れない。落ち込んで引きこもるかもしれない。いったいどういうプロセスを経て人前に出るばかりでなく、自分のような被害者を二度と出さないために活動したい、という気持ちにまで昇華できるのか。まだ17歳なのに。人間の多様性と可能性に感動しつつ高校を後にする。心的・身体外傷後トラウマのリハビリテーション(回復)プロセスにあらためて関心を強くした日だった。
特殊教育を受ける高校生のうち実に70%は学習障害(LD)というデータがある。
☆☆アメリカの大学卒業率は実に低い。ハワイ・コミュニティ・カレッジでは3年以内に卒業する学生は20%どまりだが、これでも州に8つあるカレッジの中でも上位である。
☆☆☆ブルドッグ系の犬で当地では狩猟犬にするために凶暴に育てることで有名