神話を真話に(3)

 (前回よりの続き)ルース博士の講演の中核テーマ5つ(1月16日参照)の中で最も重要なのが、2)の「知的障害者の能力を過小評価しすぎない」と、5)の「障害者のことは障害者自身に聞く」だ。そしてこの二つに共通するのが「個人の尊重」という基本的人権である。知的障害者を「者」、つまり同じ一個の人間として認めるという当たり前のことである。
 ルース博士が、知的障害者の人権尊重を身をもって訴える地に足の着いた精神科医であるのは、紹介してくれたさまざまな経験談からすぐわかったが、ひときわ目(耳)を引いたのが次のエピソード。ある知的障害のクライアントが「不適切な飲料を飲む」という「異常行動」のために博士のところへ連れてこられた。ケア担当のスタッフが言うには「異常な飲料嗜好」を「直して」ほしい。それで博士が「不適切な飲料とは何か」とたずねると「マルガリータ」(中南米に産するテキーラとライムを主原料としたカクテル)という。それも週末に一杯。博士は「わたしたちでさえ一日にアルコールは2杯までOKなのに、なぜ健康なクライアントが週に一杯も飲んではいけないのか。彼の体格と健康状態なら週に14杯までは大丈夫!」とクライアントとスタッフを送り返したという(そのクライアントにアルコール中毒症の可能性がないかどうかの検査はもちろんした)。スタッフは面食らったことだろうが、どうやらそのグループホームでは週末でも「アルコール禁止」がルールらしい。誰のためのルールなのかを考えさせられる。

晴れた週末、拙宅からすぐのところにあるハワイ火山国立公園へ、ハワイ島の障害者グループがハイキングに来た。公園のアクセシビリティ担当のビルさんも一緒に歩いた。「ここ(路面)に亀裂があってあぶないな」、「もうちょっと砂利が小さいと車椅子が楽に動くんだけど」、「板の柵がちょっと高くていい景色があまり見えないね」などと盛んに言い合った

背後の平べったい丘がマウナ・ロア。なだらかだから低く見えるが実は富士山より高い(標高4169メートル)。人が立っている(座っている)ところがキラウエア火口を臨む展望台の一つで標高1250メートル。ハワイ語でマウナは「山」、ロアは「大きく長い」

 こんなエピソードもあった。言葉でコミュニケーションしない若い男性クライアントが「どうしてもストリップクラブに行きたい」と言ってきかない。何とか性欲を押さえてほしい、と言って博士のところへ連れてこられた。これをきいて博士はスタッフにこう言った「若い男性がストリップクラブに行きたいのは当然。でも彼がどういう反応をするか、わたしにも不安があるからわたしが同行します」。その結果、そのクライアントは博士の監督の下、何事もなくストリップショーを楽しみ、最後にはステージの下までいって全ストリップ嬢にチップを弾んだという。ストリップクラブのほうではクライアント歓迎の意を示すために入場料はルース博士とスタッフともども無料にしてくれたとか。「普通の人がすることをなぜ知的障害者がしてはいけないのかわたしにはわからない」と博士。
 講演後、わたしは博士に、有意義な講演のお礼とともにメールでいくつか質問をした。その一つが、「博士のようにストリップクラブにまで同行する精神科医はアメリカには多いのか少ないのか、博士が同行を決めたのは自身の哲学からか、また実は割りと普通に行われることなのかどうか」。すると以下のような返事が来た。「わたしが同行することに決めたのは、クライアントが本当に行きたがったのと、彼がストリップクラブで適切な行動をとることができるかわからなかったからです。その役目をスタッフにさせるわけにもいかないし(博士は鎮静剤の注射も持っていった)」。こういうことはアメリカの精神科医によくあることかどうかについては「伝統的に自分の診療所で患者を診る精神科医は同行しないでしょうが、コミュニティ(市町村)の保健所的なところに勤める精神科医はよく往診をするし患者の自宅やグループホームから電話もかかってくるので、ストリップクラブが訪問先になっても驚かないでしょう」(完)