神話を真話に(1)

 この金曜日、著名な精神科医による発達(知的)障害と精神保健のワークショップがあると聞いて、片道2時間かけてコナまで行って来た。結果はその甲斐のあるすぐれた内容だった。講師は20年以上の豊富な臨床経験をもとに国際的に講演活動をしているルース・マイヤーズ博士(Ruth Myers, MD)。医学専門用語の飛び交う頭の痛くなる話かと思っていたら大間違いで、クライアントの写真入り(もちろん当人の許可を得て)のスライドを用いながら、わたしたちのようなサポートスタッフにとっても参考になる実例をたくさん紹介してくださった。
 とはいえ、この6時間の講演の中核をなすテーマは何と言っても以下に尽きる。
1) 知的障害者のさまざまな(特に情緒・行動に関する)異常徴候をすべて知能に帰納するのは短絡−ほかに原因があることが多い
2) 支援機関・制度の最も大きな誤りは彼らの能力を過小評価しすぎること
3) 医者の最も大きな過ちは、必要な検査をせず的確な診断を下していない、つまり誤診が多いこと
4) 医者の対応処置の最大の過ちは、必要でもない薬を大量に強制投薬していること
5) 知的障害者のことは知的障害者に「聞く」のが一番

ワークショップの開かれたホテルの前は有名なシュノーケルビーチ。世界中の観光客が訪れる


ビーチハウスで男の子がハワイ名物のシェイブ・アイス(カキ氷)を食べていた

 そしてこれらの重要ポイントの理由を実例をあげて説明してくれた。1)についての例。「暴力行動が増えたので鎮静剤を投薬してほしい」という理由で連れてこられたある知的障害者。「暴力行動とは何か」と連れてきたスタッフに聞くと「他人の胸の辺りをドンドンドン、と激しくぶってやめない」という。「叩かれた人はどんな人?」と聞くと「お気に入りのスタッフ二人」。で、ルース博士がその知的障害者の心臓を調べてみたら小さな心臓発作を起こしていた。言葉のないこの障害者は「異常」な激しい行動によって自らの身体の異常を最愛のスタッフに伝えようとしていたのだ。この話は「異常」に見える行動の原因が知的障害にではなく純粋な身体の分野にあったことを示している。何でもかんでも知能のせいにすることの誤謬をつき、知的障害者とはいえ同じ人間だから身体に異常をきたすことだってある、という当たり前の常識を忘れないことの重要性を説いている。ルース博士は、「それにはクライアントの経歴調査が重要」という。上のクライアントの場合、過去のカルテをきちんと読んだら、家族に心臓発作経験者が二人いたので「もしかして」と思ったことから正しい結果が出た。
 また、ある別の知的障害者はルース博士を見たとたんに金切り声を上げて暴力をふろうとした。よくよく調べてみると、彼は過去に、博士によく似た中年の白人女性に性的暴力を受けたことがあり、そのためにフラッシュバックを経験したのだった(心的外傷後ストレス障害の一徴候)。これも「異常行動」の原因が知能にあるのではなく、過去の精神的トラウマに起因した例である。異常な行動を方端から知的障害に起因させることの危険性を突く好例だ。医者でさえ単純な身体検査を怠ったために重大な診断を見逃すことが多い、と同僚に対しても苦言を呈した。(このコラム続く)