ノートテーカー三原則

 年も新たまって来週から春学期が始まる。わたしの仕事が一番忙しくなるのは決まって新学期開講前後の1,2週間。というのは、ノートテーカーの仕事に応募してきた新規学生を面接し、雇用し、研修した後、彼らのスケジュールと障がい学生のそれとを見比べ、それぞれのノートテーカーにクラスを割り振らなければならないからだ。学生は開講後一週間以内は選択した科目を自由に変えられる。ノートテーカーも障がい学生も開講後一週間は毎日のように講義変更を言ってくるからこちらも毎日スケジュール調整との闘いである。どの障がい学生にも初日の講義からノートテーカーがつくのが理想だが、ノートテーカー自身が学生で講義過密時間帯に自分の授業があって仕事ができないことが多い。これがわたしにとっては毎回悩みの種である。
 金曜日に今学期のノートテーカーを全員集めてミーティングを開いた。ここでは決定したノートテークのクラスを確認し「ノートテーカー三原則」を復習する。 
 原則1:守秘義務――以前にも触れたが、障がい学生の個人情報はすべてコンフィデンシャルである(8月21日参照)。たとえ講師から「誰のために君はノートを取っているのか」と聞かれても「それは言えません」と固辞しなければならない。それがもとで、理解のない講師とノートテーカーの間に軋轢が生じたことがあった。その時は私が介入してことを納めたのだが、突き詰めれば、障がい学生自身が自分の障がいについていかにオープンに周りの人に説明しているかよってノートテーカーのストレスが変わる。「わたしにはこういう障がいがあって。。。。」と周りに説明しているオープンな障がい学生のノートをとっているノートテーカーたちは異口同音に「仕事が楽」と言う。逆に、障がいを隠している学生のノートテーカーたちは守秘義務を破らないように余計に気を使うからストレスが増える。たとえばノートを渡すときも誰に渡したか、ほかの学生に見られてはならないことになる(これはちょっと極端なケースだが)。そして教室外では障がい学生の噂話を一切しないのは、どんな障がい学生のノートテーカーにとっても重要な共通の守秘義務である。



友人の手になる正月料理。魚はハワイ産のオナガダイ。皮が固いのが難点だが味はなかなか

 原則2:障がい学生中心――「どこへ座ったらいいか」「ノートは書くのかタイプするのか」「当該学生が欠席のときどうするか」新しいノートテーカーは特にこういう質問をよくするのだが、これに対するわたしの返事は「障がい学生自身に聞いてみましたか」である。障がい学生も個性いろいろ。直接本人と話をさせてどういうノートがベストなのか、ノートテーカー自身に考えさせるようにしている。ということは、障がい学生が変わればノートテークのアプローチも変わるということだ。お助け職(Helping Profession=ヘルピング・プロフェッション)は顧客商売に似ていて「お客様(クライアント=障がい学生)は神様」である。障がい学生にベストのノートをとるということはとりもなおさず、その学生とコミュニケーションを頻繁に図るということなのだ。
 原則3:透明人間――ノートテーカーは授業中は発言したり参加したりしてはならない。私はよく「教室の壁と床に溶けろ」と言っているのだが、これは徹底してノートテークという仕事に集中してもらうためだ。あまりに授業が面白くて思わずコメントしてしまったノートテーカーが過去にいた。また、ノートテーカーがあまりに聡明で気に入ってしまい、思わず指名してしまった講師もいた。これらはいずれもタブーである。指名されてしまった場合にでもやんわりと「仕事中なので参加できません」と固辞することは新しいノートテーカーにとってはなかなか言いにくいことだが、それができない人にはノートテーカーとして働いててもらうわけにはいかない。とはいえ、教授陣にもノートテーカー三原則を理解してもらうためにパンフレットを配ったりメールしたりと、わたしの仕事は双方に理解を促す調停係である。