障がい学生サポートサービス(受けた側の経験)

 以前、秋学期は週に一度ハワイ大学ヒロ校の講義を一つ受講していることを書いた(10月6日参照)。ハワイ大学職員は無料で一学期に二コマ(6単位)まで無料で授業が受けられる。先日その成績が発表になってA(優)をとったことがわかった。約3ヶ月半の間毎日仕事から帰るとすぐ机に向かい、週末も一日中ペーパーを書いたり調べ物をしたりして、まるで10代のときの受験生活に戻ったようだったがその成果が出てほっとした。
 という自慢話をしたかったのではなく、このクラスでわたしの聴覚障害に対してどのような配慮(アコモデーション)があったか紹介したい。まず開講前に障がいサービスセンターの担当者と面談があった。わたしの場合、開講ぎりぎりに連絡したのだが、担当者は快くすぐにわたしに会ってくれた。そこで医師の障がい証明書を提出し、複数の書類にサインさせられ、どのようなサポートが必要かいろいろと質問をうけた。わたしは以前カリフォルニアの大学で、FM補聴援助機器とCART(リアルタイム・キャプション)を受けていたことを説明した上で、「ただ今回のクラスはゼミ形式でノートはあまり必要ないと教授が言っているのでたぶん逐語表示するCARTは必要ないと思うが、ノートテーカーはいるかも知れない」と伝えた。すると早速ノートテーカーの手配をしてくれたのだが、結局これも講義半ばでこちらから「これも必要なさそうです」と断った。それから3回あったテストも別室受験を前もって頼んでいたのだが、その前にクラスメートが一致団結してテイク・ホーム・テスト(授業時間内に鉛筆と消しゴムで受ける筆記試験ではなく家に持ち帰り24時間以内にタイプした回答を教授に添付メールで送付する方法)に変えさせてしまった。「試験といっても全部長文論文だけだから、いかに早く書くかとか筆記がいかに美しいかをみるものではないんでしょ」とかなんとか言って教授を説得してしてしまった。こういうときアメリカの学生は強い。また教授も対等に考えてくれる。ただカンニングだけは厳しく対処するが、長文論文では盗作チェックをすればいい(いいソフトウェアがあるからちゃんとチェックしたと思う)。
ちょっと古いが、アメリカでは毎年10月は障がい者雇用促進月間。障がい学生サービスセンターでは、ハワイ大学ヒロ校演劇科の学生の協力で障がい者に対する理解を向上させるため啓蒙イベントを開催。6人の学生が障がいのある有名人に扮してキャンパスを闊歩した。この3人は誰に扮したのかな?(答えは末尾)

 このようにいろいろと準備はしてあったが、結局クラスが終わってみると、受けたアコモデーションは指定優先席(教授のすぐ近く)だけだった。ゆっくりはっきり発言してほしいということと自分の障がいについては何度となく繰り返してクラスメートと教授に説明した。そのせいかかなり周囲に助けられた部分がある。ちょっと聞きづらいときに我慢して何も言わないでいるようなとき(たぶんわたしは顔をしかめていたのだろう)「ミホ、こっちへ席を移したら?」と教授が気を回してくれるようなこともあったし、わたしが読唇のためにじっと発言者の口元を見ているようなときに、わざとわたしのほうへ顔を向けて目を見て話してくれるクラスメートもいた。わたしは日本にもいずれはADAのような障がい者差別禁止法が必要であると思ってはいるが、どんなに高額で複雑な技術的アコモデーションが可能になっても、こういう普通の何気ない配慮というのは何倍もうれしい。また、こういうさりげない配慮がなくてはどんな立派な法律ができても存分にその効果を発揮できないだろう。こういうさりげない人のさりげない配慮を育てるのは、どんな立派な法律を作ることよりももっと大事なことだと思う。
 アメリカではADAがあるので合理的と認められれば手話通訳やCARTやFM機器のように高額なアコモデーションを提供してもらえるが、わたし自身障がい学生サービスセンターで働いていて、これがいかに大学側の予算を圧迫しているかも知っているので、最後の手段にお願いしようという遠慮の気持ちが働いてしまう。これは障がい者の意識啓蒙とか権利推進運動にはかえって邪魔になるよくない心がけなのだが、自分の意見をかなりはっきり言うアメリカ人でもやはり権利だけ声高に主張する人は煙たがれる。とはいえあまりに遠慮しすぎて当然の権利を主張しなかったら、たとえばわたしの場合は落第する可能性だってあったのだ。だから権利主張というのはバランスが難しい。権利の主張の仕方一つで、当然の権利の合理的な主張か、独りよがりのわがままか受け取られる印象ががらっと変わってくる。その主張のしかたというのはどこにも書いてなく、本人のキャラクターとコミュニケーションの微妙な技術による。
 わたしがそれをうまくしたのかどうかはわからないが、少なくとも教授と数人のクラスメートから理解あるサポートの言葉や配慮をいただいたこととと、クラスに実際及第できたことから、今回の権利主張は合格にしようと自分では思っている。完璧な権利の主張の仕方というのはわたしにもわからない。その時その時でベストを尽くしてまずかったところは直して向上していくしかない。
写真の答え。左からブリトニー・スピアーズ(精神疾患があるといわれている)、ベートーヴェン(ろう)、アインシュタイン(学習障害)。