レジリエンスその3

 15日は期末試験最終日。この日をもって2011年秋学期が終了した。わたしは教師ではなく学生課の常勤職員だから冬休みの間も働くのだが。
 15日の朝ラボのドアを開けたとたんニナが入ってきた。「今日テストでもあるの」と聞くと、「天文学のクラスを落第するかも、どうしよう」と必死の形相で話し始めた。聞けばニナは1ヶ月ほど前にフルタイムの仕事を始めてから思うように授業に専念できなかった。それで最後の課題が提出期限に間に合わず、課題提出延長願いを申し出たが、「そりゃ残念だ、無理だよ」と、教授は彼女の願いを却下したという。その教授は「仕事するのを決めたのは君の勝手。わたしの授業とは関係ない」と突っぱね、何の理解も示さなかったとニナは涙ながらに言う。
 確かに学生の私生活がどれほど学業に影響を与えているかを斟酌して、課題提出期限を変えたりするような理解ある教師はアメリカ全体でも多くはない。が、アメリカの学生はごく一部の裕福な子女を除けばほとんどが自分で働いて授業料と生活費を稼いでいる。特にここ数年続く不景気でほとんどの学生が苦学生。だから教授や職員にも理解や共感のある人はいる。ニナは子持ちでボーイフレンドと暮らしているが、彼が生活保護を受けているので彼女が家族3人の生活を支えている。そのために最近ヒロから片道一時間半はかかるコナ側のリゾートホテルで仕事を始めた。ヒロは古きよき田舎町で(だからわたしはここが気に入っているのだが)割のいい仕事はあまりない。

♪♪ねーこは暖炉で丸くなるー♪♪

 ニナはまじめな学生で今までの成績は全優。わたしは彼女に、学生課長に対して事情説明をした嘆願書☆☆を書くように勧めた。そして今日がその提出締め切り日。すると彼女は涙を拭いて、コンピューターに向かい嘆願書を書き始めた。生活の厳しさゆえに仕事をせねばならず、ために学業がおろそかになったこと、その責任がすべて自分にあることは充分承知していること、ただし仕事は家族を支えるために今後も続けなければならないこと、教授には成績を甘く採点してほしいのではなく、最後の課題のみ提出期限の延長を認めてほしいこと、それが教授には認められなかったので学生課長の助力を求めるためこの手紙を出すこと、などポイントをつかんで書いた。「この教授ね、わたしのアコモデーション・レター☆☆☆を見せたら『君には障がいがあるようには見えないね』と言ったのよ」と、法的文書までも却下したことも語ってくれた。こういう教授はADA制定後20年以上たった今でも珍しくない。ニナのように見えない障がいをもつ学生に対する理解はまだまだ遅れている。
 ニナは早速、書き上げた嘆願書を持って学生課長のところへいった。「もし何か問題がありそうだったら戻って来てね」と言うと「どうもありがとう」と言って落ち着いた足取りで出て行った。
 これがわたしの今年最後の障がい学生とのやり取り。いや、来週以降もラボは開けるから誰かひょっこり訪ねて来るかもしれないが、キャンパスは1月9日までは閑散となる。

☆課題提出延長願い−課題提出が最終期限に間に合わない場合、教授によってはその期限延長を認めてくれる。秋学期の場合は3月1日までに課題を提出すればよく、その時点でそのクラスの成績をもらうことになる。
☆☆学生課長宛ての嘆願書−私生活において尋常でない困難な出来事が起こったために長く授業に出席できなかったりクラスの単位を落としそうになった場合、学生課長に対して嘆願書を出すと最終措置や裁断を仰ぐことができる。正当な理由(例:交通事故、病気、家族の死など)とその証明書があれば嘆願内容はまず認められるが、中にはうそをつく学生もいるので事情調査は厳しく行われる。
☆☆☆アコモデーション・レター−ADAに規定されている障がいがあることとその学生にふさわしい合理的配慮を説明し義務付けた障がい学生サービスセンターからの手紙。法的文書。