アイ・ステートメント−I Statement

 コクア・ラボは、大学が夏休みでも通年営業している。さすがに訪れる学生は少ないがそれでも毎日何人かが顔を見せる。昨日、農業学専攻のチャーリー(5月8日参照)がやってきて、応募した奨学金がもらえることになったという。ラボにいたスタッフみんなで「おめでとう!」といって祝ったところまではよかった。学生アルバイトのうち奨学金制度に詳しいギャビーが「奨学金の額を、財務課にちゃんと通知してね」と彼に言った。すると彼は「何でだ?」「奨学金・助成金の合計が一定額以上になるとそれ以上は認められないから、その計算するためよ」とギャビー。すると、二人は延々とああだ、こうだと議論を始めた。チャーリーは財政援助額がカットされるのを恐れた感じだ。
 チャーリーはギャビーが理路整然と説明することに対して、いちいちねちねちと反駁し、それもあまり的を得ていないので、だんだんと彼女がじれてきたようだ。チャーリーの障がいには精神的なものがあって、暴発したりはしないのだが、欲求不満になるとこういう粘着気質がでてくる。ギャビーはチャーリーのことは見知っていたが、彼にどういう障がいがあるか詳しくは知らない。はらはらしながら二人のやり取りを見守っていると、「あのね、私はただこういう決まりがあるって言っているだけなのよ。奨学金もらう人はみんな同じことしなくちゃいけないの。あなた、私のいうことわかる?」と、普段は冷静なギャビーのちょっと甲高く押しの強い声が聞こえた。チャーリー、どうするかなーと思っていたら、運よく別の話題に話がそれて、そこで二人の間の緊張ムードはとりあえず納まった。やれやれ。



ボルケーノ村の独立記念日(7月4日)のパレード。人口千人いるかいないかの小村の見物風景はいたってのどか

 ラボに勤めたこの一年を振りかえれば、このようなハイ・テンション場面は珍しいことではない。ただ、この日はふと、この二人のやり取りを見ていて、以前大学院のカウンセリング科に通っていたとき学んだことを思い出した。それはアイ・ステートメント(I Statement)というカウンセリングの技法である。親・教師・カウンセラーという一見、人の上にたつ立場の人がよく使うフレーズに「Do you understand?(あなた、わかった?)」と言い方があるが、これと同じ意味の質問を全く反対の視点、つまり「私=I」から言い始めることによって、全く逆の効果をもたらすというのが、このアイ・ステートメントだ。つまり、「あなた、私のいうことわかる?」と、あなた(子ども・生徒・障がい学生など)の能力に焦点をあてるのではなく、「今、私が言ってることはあなたにとってわかりやすいですか?(Do I make sense to you?)」というように、私の説明能力が相手にふさわしいかを問う言い方である。あなたとか私とかあまり明言せずに会話することの多い日本語にはなかなかうまく翻訳できないのだが、主語をかえるだけで、同じ質問でも伝わり方がガラッと変わる好例だ。日本語の場合はきちんとした言葉にならなくても、そういう気持ちで質問をすることはできる。
 ギャビーの「あなた、わかった?」という言い方も「私のいっていることは、あなたにとって明確ですか?」という言い方にしていたら、チャーリーの欲求不満レベルがもっと早く下がったかも知れない。とはいっても、私だって自分がギャビーの立場にいたらとっさにそう言えたかどうか怪しい。すべては慣れと訓練だ。8月中旬に新規・継続スタッフの研修がある。その時に効果的なコミュニケーションについてこのような例を交えながらみなでロール・プレイしてみようと思う。