アドボカシーの最初の二歩

テトとモコの昼寝→
 
先日、自分の仕事がいかに障がい者の心の健康維持に一役買っているか、思い知らされるいい「事件」があった。
 ある朝、コクア・ラボに精神障がいのある学生ローラがやってきて、感想文の添削結果を私に見せた。真っ赤に直されていて8点満点のうちわずか1点しか得点していない。「作文のクラスでもないのに、なんで7点も減点するのかわからない」と不満をぶちまけた。見ると減点の理由は、誤字・脱字、文法ミス、ダブルスペースでタイプしていない、改行していない、など、主に英作文のクラスで対象になる内容だった。だが、確かにこれは英作文のクラスではなく社会科のクラスだ。「もう頭に来たからこのクラスは辞める!」と息巻くので、「まあ、まあ、そう早まらないで、とにかくカウンセラーに会ってちゃんと話をしてみたら」と、私の上司に会うことを勧めた(クラスの登録やドロップに関するアドバイスは上司しかできない)。

後方は朝日に映える冠雪のマウナケア山。手前の蒸気は天然サウナ。ハワイ火山国立公園内のサルファー・バンクスにて

 
午後、たまたま別件で上司に会うと「ローラの一件が解決した」という。社会科の担当講師を呼び出してローラと三者面談したらしい。上司はその前にローラの感想文を読んでみた。「作文の体裁はともかく、内容は上出来だった」という。それで、減点対象の計7点がすべて英作文の諸作法についてで、内容については全く言及していないのに目をつけ、その講師からクラスのシラバス*を見せてもらった。それによれば、この感想文はあるビデオの視聴後感想文であって英作文の質によって評価されるとは一言も書いていない。そのことを盾にとって、8点満点のうち7点、つまり87.5%もが英作文の諸作法のみから減点されるのはおかしい、そのことはシラバスにも書かれていない、と講師に指摘した。また、作文の内容についてはどう思うのか、採点対象にはしないのか、とも聞いた。するとその教師は自分の手落ちを正当に指摘されて反論もできず、協議の結果、感想文の得点を5点に上方修正した。ローラは精神障がいのために、一般社会の対人マナーがあまりなく、彼女の障がいを知らない人からは誤解されることが多い。この講師もその誤解を感想文の採点結果に反映させてしまったのだろうか。
 この一件で私は障がい者アドボカシーの重要さをあらためて学んだ。まず初めに、ローラは公正でない(と思われる)ことに対する不満の意思表示をし、カウンセラーに訴えた。次に、それを受けたカウンセラーが、ローラの不満を「一度つけられた採点結果はどうしようもない」と却下せず、感想文を第三者の目で吟味し、シラバスを調べ、彼女に代わって社会科担当講師に疑問を問いただした。カウンセラーは講師と同等の立場で自分の職分から仕事をしたまでなのだが、これはローラのアドボカシー第一歩のサインを見逃さず、第二歩へとつなげたのに他ならない。ローラが笑顔で帰っていくのを見て、カウンセラーの端くれでも、私はその役割の重さをしみじみ発見してすごく得した気分だった。
 *シラバス(syllabus)―学期の初め、クラスの初日に講師が生徒に配って説明する一学期間(約16週間)の講義の詳細予定。どういう内容を学び、宿題やテストがいつ出てどういう基準で評価されるのか書かれている。