視覚障がいとセクハラ

←モコとテト 仲良く昼寝

コクアラボに来るレギュラーに全盲のジョージがいる。クラスの前にここでノートーテーカーと落ち合ってから一緒に教室に向かうのだ。私がドアを開けて入って来たとたんに「おはよう、ミホ」といわれて驚いたことがある。「何で私とわかったの」と聞くと「ビーサンがぺたぺたやる音」だった。確かに私はキャンパスではほとんどビーチサンダルで過ごしている。がに股歩きは慎まねば、と思った。数日後、ジョージとノートテーカーの何気ない会話を耳にした。「ハンナ、シャンプーのブランド、変えないでね。そのにおいで君だ、ってわかるからさ」ハンナはくすっ、と笑った。シャワーを浴びたばかりらしく、髪がまだぬれていた。
 ジョージは25歳、3年前に瀕死の交通事故で光を失った。まったく見えないので他の感覚器官をフルに生かしてコミュニケーションしなければならない。ハンナとの会話は彼の嗅覚によるコミュニケーションの一例だ。これが、五体満足・五感完備の人間との会話になるとちょっとニュアンスが変わってくる。相手によっては不快に思うかも知れない。実はハンナの前に、ジョージにはジューンというやはり若い別のノートテーカーがいた。先月、ジューンがジョージのノートーテーキングをやめたいといってきた理由は、「君の腕が一番心地よくてつかまりやすい」とジョージに言われたからだった。ジョージは歩くとき、ノートテーカーの二の腕につかまる。視覚障がい者に対する最も基本的な誘導の仕方だ。ジョージはジューンのことを単に褒めたつもりだったらしいが、ジューンはジョージの言葉をセクハラと受けてしまった。私はジューンに視覚障がい者に対する基本的な心得などを説明したが、ほかにもいろいろと個人的な相性の問題もあったりしたため、結局彼女の辞任願いを許可した。幸い、後任のハンナとはウマもあってよくやっている。

風呂に入りたがる我が家のテト
 
セクハラというのは、まったく同じ言動でも相手と所によってはまったく違った意図になってしまうというコミュニケーション上の誤解のこともあるし、意図的な揶揄中傷のこともある。ハンナもジョージが青眼者だったら違う反応をしたかも知れない。が、少なくとも、見えない人が視覚以外の感覚に頼ってコミュニケートする必要のあることを理解した上でジョージの言動を受け止めているように思った。