ゴー・アンド・ビヨンド(I)☆

 9月も半ばを過ぎてやっと今学期のノートテーカーの顔ぶれがそろった。昨日まで毎日のように学生アルバイトであるこの職の応募者が絶えなかった。というのは面接の結果採用となった学生でも、家庭・健康・経済事情のためすぐやめざるを得ない人が何人かいたからだ。これは何も今学期に限ったわけでなく、私が2年前にこの仕事について以来、毎学期の慣わしとなっている。日本と違って自給自足の学生が多いのと、学業そのものがとても厳しいのが二大原因だろう。だから、ノートテーカーをはじめとするどのキャンパス・ジョブ(構内職)も、「週に20時間以上は働いてはいけない」というルールがある。成績不良の学生はキャンパス・ジョブができないので、まずは本業の学業に専念してもらうためだ。
 先日、新規採用になったばかりのジョディがラボにやって来た。「ノートテーカーの就業規則には『障害学生のためにノートをとる以外のことをしてはいけない』というのがあるが、もしかしたら私はそれを破ってしまったかもしれない」という。事情を聞くと、彼女がヘルプしている障害学生が「授業中感情を害して怒りっぽくなっていくのでなだめすかし懇々と諭した。授業が終わっても10分くらいそれが続いてやっと彼は落ち着いた。すると今度は逆に信用されてしまい『授業が終わってからチューター(家庭教師)をしてほしい』といわれたので『それは職務に反する』とまた懇々と諭した。全部でこの会話に要した時間は30分くらい。今から考えてみればノートテーカー以上のことをしてしまったかもしれない」という。
昨晩友人と食べた地元産のラム(子羊)バーベキュー(右側)。カウ地区バーニーさんの牧場産で、甘くて旨みがあって何よりも安全に食べられるのがうれしい。プレートは近所の陶芸家ロン・ハナタニさんの作

 即座に私は「すばらしい!」とジョディに言ってしまった。「確かにノートテーカーの仕事には就業規則があるが、それは皆に最低限のことをしてもらうための最低ライン。それらの基準を超えて障害のある学生を助けたい、という気持ちが純粋にあるなら、今日のように私とコミュニケーションをとってくれさえすれば、逆に大歓迎」と彼女に言った。するとジョディは安堵した様子を見せ、「よかった。事情が事情で連絡する間もなく、私が信じることをとっさにしたまでだが、あとから就業規則のことを考えてヒヤッとした」と言う。
 私はジョディのように豊富な人生経験を生かして(ジョディには障害のある息子が2人いる)、緊急事態が出来したときには迅速に的確な判断をし行動できるような学生がノートテーカーの職に応募してくるのをひそかに願っているのだが、そこは大学だから、実際は下は18歳から上は60歳代までの様々な人生を抱えた人が応募してくる。各学期が始まる前に必要なノートテーカーの数をそろえるのはいつも至難の業で、余り好ましくないタイプの学生が早くに応募してくることも多々あって、なかなかベストな人材を最初からそろえることができない。
 ジョディは学期が始まってから応募してきた後発組だか、この日は、彼女がいかにノートテーカーの職務基準を意識しつつ、ゴー・アンド・ビヨンドの仕事もこなしていることを知り胸が一杯になった。というのも、私の仕事の成否は優良な人材をいかに早くに集めるかにかかっているからだ。サンキュー、ジョディ!

☆ゴー・アンド・ビヨンド(Go and Beyond)−職場でよく使われる英語表現。実際の職務基準を超えてさらに様々な他の仕事を自発的にこなしている職員を褒めるときによく、彼女はゴー・アンド・ビヨンドでこれこれこういう仕事もした、などと言う。