コールド・コール

 8月に入りキャンパスは新入生でごった返している。カウンセラーや学生課、登録課のスタッフはてんてこ舞いだ。私は上司に頼まれて新入生用の新しいファイルの内容をチェックしているのだが、その中に必須項目の障がい名が記入されてないのがいくつかあった。昨日はそのフォローのため、何の障がいかわからない新入生に電話をかけることになった。最初はジョン。
 私:ハロー、ジョンさん、あなたは来週の月曜日にカウンセラー(上司)に会うアポイントがありますが、来られますね?
 ジョン:はい、いかれます
 私:確認までですが、この予約は障がい学生担当のカウンセラーになっていますが、あなたの障がいはなんですか?
 ジョン:鬱病です
 私:そうですか。それでは来週お待ちしています。さようなら
と、ここまではよかった。直後、ふと私は、新学期開講までに時間がないことを思い出し、再びジョンに電話をかけた。
 私:ジョンさん、たびたびすみません、もしその鬱病のことをドクターが書いたりしたものがあればもってきてください。アコモデーション(合理的配慮)の手配に必要になりますから。
 ジョン:ユー・ドント・ノゥ・ミー!(てめえに俺の気持ちがわかるかよ!)ガチャン!
 と、いきなり一方的に電話を切られてしまった。うわ、どうしよう、おこらせちゃった。これじゃ月曜日、ジョンは来ないかも知れない。
木登りの得意なモコ

 なぜ彼は怒ったのか、考えてみた。まず、まだ会ってもいない障がい学生サービスセンターのスタッフからいきなり電話がかかってきて、障がい名を聞かれたことで、気分を害されたのかも知れない。私の失策は二度も電話をかけてそれをわざわざ聞いたことだ。障がい学生サービスセンターのカウンセラーに自ら予約を取ったという事実だけで、すべての障がい学生が同じように自分の障がいのうけとめ方をしているとは限らない。特に精神の障がいの場合は。かなり迷った挙句、勇気を奮ってやっとジョンは電話してきたのかも知れない。私の前に彼と話して彼の予約を取ったのは学生アルバイトで、私は3人目の電話応対者だった。
 そうでなく、ジョンはたまたまその日は鬱が強くてはじめから気分がよくなかったのかも知れないし、私の電話の直前にいやなことがあったのかも知れない。真実はわからないが、新学期直前で忙しく、上司のためにもてきぱきと仕事をしてしまおうと私の悪い癖が出ていたことは確かだ。クライアント(学生)の状況よりも自分(たち)の仕事の都合を優先に考えていたことを反省した。鬱のどん底にある人ならば、まだ会ってもいない人からいきなり書類のことなど言われるより、うつ状態について話したかったかも知れない。
 今日は自分のインタビュー力のなさに自信をなくして、二人目からの学生には書類のことは言わず、「障がい学生担当カウンセラーと予約がありますね」とだけ確認した。障がいの内容については先方が話したくなるのを待つほうがいいと思った。コールド・コール(初めての電話)ではそれは難しい。