障がいの受容とスティグマ*との葛藤

 ある日、隣の教室で授業を終えた講師がひょっこり顔をだした。ちょっと話がしたいというので聞いて見ると、授業中に大柄な男子学生が突然イライラし始めて、いすを前後に激しくゆすったと思ったら急にばたっ、と床に転げ落ちたという。驚いて「大丈夫か、110番するか?」と講師が尋ねると、その学生は「いや、いや、大丈夫」といって苦労しつついすに戻った。講師によれば、その学生は以前にもいらいらと落ち着かなかったり、支離滅裂なことを言ったりするので気になっていたらしい。「もしかすると何か障がいのある学生かもしれないと思って」と相談に来たのだ。
 障がいがあるかないか、学生が自分から講師に打ち明けていない場合、いくら障がい学生サービスセンターに登録していても、学生の障がい情報を他人に(たとえ講師でも)もらすことができない。ので、一般のカウンセラーがこの学生の担当になった。あとでそのカウンセラーが私のところに来て、「実はこの学生は障がい学生だ。ファイルを見せてほしい」という。カウンセラーだけはデータベースで学生の障がいのあるなしを知ることができる。
 そのカウンセラーと一緒に、学生のファイルを見てみた。するとその学生には身体障がいと精神障がいの両方があって何種類かの薬を飲んでいることもわかった。「もしかすると薬の副作用か混合作用もしれませんね」「本土から引っ越してきたばかりで精神的にも不安定なのかも」などと言い合う。とりあえず講師に連絡して、とりあえず学生の障がいについては伏せたまま、次の授業の後に学生と面談をすることになった。話は飛んで先に結果をいうと、その面談は首尾よくいった。
 私は後で、その学生のセンター登録申し込み書を読み返してみた。以下はいくつかの質問とそれに対する彼の答えである。

我が家のテト。小さかったころ、アニメ映画『風の谷のナウシカ』の中に出てくる’テト’に似ていたので名づけた

質問1:あなたの障がいはなんですか
答え:(身体障がい名一つ、精神障がい名二つ)
質問2:障がいのために飲んでいる薬がありますか
答え:(身体障がい対応の薬二つ、精神障がい対応の薬二つ)
質問3:障がいがあることで、学習上どのような困難がありますか
答え:困難になることがないよう、最大限の努力をしている
質問4:高校生のとき、どのような困難や苦労の経験がありましたか
答え:ばかにされたり、仲間はずれにされた。いつも一人だった
質問5:あなたの障がいに関する情報を、必要があれば、あなたの講師に伝えてもいいですか。いい場合には、どのような内容をどの程度まで?
答え:何でも。私は世の恥さらしじゃない
質問6:あなたは自分の障がいについて、どの程度講師に相談したいと思っていますか
答え:何でも。私は世の恥さらしじゃない
 これを読んで私はあらためて思い知らされた。自分の障がいについてよくわかっていて、障がい学生サービスセンターにきちんと説明できて登録も済ませたからといって、ほかの一般の場所で堂々と障がい者であることを言えるかどうかは別だ、ということ。
 質問1・2は彼の自分の障がいに対する認識度の高いことを示しているが、3-6では一般社会に対する彼の苦渋が滲み出ている。後になって講師が「実は、あの学生が自分に障がいがあることを認めて合理的配慮をリクエストしてきた」と知らせてきた。その時点で、私は講師にその学生の心の葛藤について話すことになり、「私たちにできることは、私たちがいじめっ子じゃなくて、味方だってことをまずわかってもらうことだね」とうなずきあった。
☆スティグマー一般社会の障がい者に対する否定的な見方、ネガティブなレッテル