卒業式

 先週の金曜は、勤務する大学の卒業式だった。私は式典には行かれなかったが、後でとてもいいニュースを聞いた。それは卒業生総代にコクア・ラボの常連だったタク(3月10・21日参照)が選ばれ、カナカオレ・スタジアム☆で満場の聴衆を前に堂々たるスピーチをし、観客総立ちの拍手喝采を浴びたということだ。その時の模様がすぐ頭に浮かび、これまでの彼の努力が見事に結実したのを知ってうれしく思った。
 私は前からタクのスピーチ内容は知っていた。4月半ばのある日、タクがラボにやってきて「卒業式の総代スピーカーに応募するんだけど、スピーチ内容を考えたので聞いてほしい」とラボのスタッフを前にスピーチを披露した。応募者は彼のほかに数人いて、式典実行委員から個別に面接を受け、実際のスピーチをした結果、ベスト・スピーカーにタクが選ばれた。正直を言うと彼が選ばれる前までの私は、「タクは間違いなく総代にふさわしい優等生だけど、スピーチの仕方が丸暗記の棒読み、内容はすばらしいけど聞くとなるとちょっと退屈かな」と内心思っていた。が、もちろんそんなことは彼には言わず、スピーチ上の小さな注意点のみ伝え、面接ではベストを尽くすよう励ました。実際、別の応募者にやはりラボの常連で聾のオランダ人留学生もいて、こちらも全優の優等生、感情表現豊かに手話でスピーチすると聞いて、実行委員会の思惑によっては、彼のほうに分があるかな、とも思っていた。いずれにしてもどちらかが選ばれれば、障がい学生サービス・センターの職員としては本望だったが、結果的にタクに白羽の矢が立った。
庭に作った露天風呂。日本から風呂釜を持ってきて家畜用の飼い葉桶に穴を開けてパイプでつなげた。眺めはハプウ(手前)、バナナの木(奥)、右の黄色いのはお湯をかき回すカヤックのオール。タオルから下に伸びているのは取りはずし自由なシャワー。ああ極楽極楽。

 彼のスピーチ内容はこうだ。3年前にワシントン州からハワイ島に家族で越して来るまで、友達もいなくてうつ気味だったこと、脳性まひがあるので人の何倍も努力しなければ同じ結果を出せないことに怒りを感じていたこと、でも障がい学生サービスセンターのカウンセラーから「ハロー、ハウ・メイ・アイ・ヘルプ・ユー?(ようこそ!どういうふうにお手伝いしましょうか)」と笑顔で言われたときにすべての悩みや不安が吹き飛んだこと、ノートテーカーが生まれて初めての友達になったこと、英語のクラスの先生が自分の障がいを真に理解してくれ心から励ましてくれたこと、などなどを語り、最後に大学の全職員と生徒に感謝の気持ちを伝えて結んでいる。
 スピーカーに選ばれた後も当日までタクは努力を怠らず、毎日のようにラボに来てはスピーチの練習をした。丸暗記の棒読みスピーチが次第に自然になり、その分、感情表現が豊かになって、悲しいところでは悲しそうに、うれしいところでは顔をきりっと上げて力強く声を出し、上半身や目線をフルに生かすことが出来るようになっていった。それでも私たちは前日のお別れパーティーで「明日は5千人の前なんだから、顔をもっと左右にふりながらしゃべんなくちゃ。舞台の端っこ最前列のお客さんはこの辺り、最上階真ん中の人はこのあたりにいると思って目線をもっと移して!」とわざと意地悪をした。そのせいかはどうかは知らないが、当日彼は5千人の客は5千個のカボチャに見えたと言う。よかった、よかった。
 タクは8月からアリゾナ大学に進学する。聾のお母さんに影響を受け、ハワイ島にはまだ少ない言語療法士(スピーチ・セラピスト)になるためだ。奨学金も満額支給された。タク、卒業おめでとう!
☆世界的に有名なフラの大会、メリー・モナーク・フェスティバルの会場。