直球コミュニケーション

 これはだいぶ前にあったことで、書きとめるまでもないと思っていたが、何回も人に話すことになり、実は自分でもハナマルエピソードだと思っているのがわかったので、書きとめることにした。

ハワイ島名物アップル・バナナ
 
マーカスはオアフ島育ちの若い学生。アスペルガー症候群という障害があるが見たところは普通の好青年。料理を作るのが得意でコクア・ラボのクリスマスパーティーにもおいしいタイチキンカレーを作ってきてくれた。ヒロ湾のカヌークラブにも属していて、アクティブな生活をしている。その彼がある日ラボで、仲良しのフィリップと大声で世間話をしていた。彼ら二人だけのことや短時間のことなら気にも留めないのだが、その時ラボには他の学生が数人、宿題や作文をやっていた。それに、フィリップとマーカスの話はなかなか止まない。で、私は彼らのそばに歩み寄り、「申し訳ないけどもっと話がしたかったら外で話して、終わったらまた戻ってきてね」と頼んだ。コクア・ラボは複数の学生がいる場合は「私語厳禁」がルール。図書館みたいなスペースなのだが、もちろん一人や二人の場合はメンバーによって「井戸端会議所」になったり「悩み相談所」になったりもする。だがこの日は知らない同士5,6人がラボにいた。
 年配のフィルは私の忠告を聞いて、「あっ、すんまへん」とあわてて自分の宿題に戻った。マーカスの方はブすっとしている。そのままにして自分の席に戻った私がしばらく仕事をしていると、マーカスがつかつかとやってくる。彼のほうを振り向くと「僕はハワイ育ちで話好きなんだ。あんたはカリフォルニア出身だから違うんだろうけど」と皮肉たっぷりに私に畳み掛けた。唖然とした私は一瞬言葉に詰まったが、「ええと、これは、あなたがハワイ育ちで私がカリフォルニアから来たから話好きとか話が嫌いとか言うことじゃないの。今の私の仕事をする人なら誰でも、なに人でも同じことを言わなきゃいけないと思う。北極の人でもアフリカの人でもオアフ島の○○市(彼の出身地)から来た人でも、義務感を持ってこの仕事をする人なら同じことを言うでしょう。それにね、私はカリフォルニアに住んだことはあるけど、育ったのは別のところ」と説明した。落ち着いて言ったつもりだが、面と向かって他人に不満をぶちまけられたのはあまりなかったので内心は冷や汗たらたら。マーカスは一言、「ああ、そうかよ!」と捨てゼリフをたたきつけて出て行った。周りには学生アルバイトもいたし、皆気まずそうに知らん振りしている。マーカスの反応は気になったが、私は言うべきことは言ったと思ったので、「後は野となれ山となれ」。でも、いくら正論でも真っ向から対立することに慣れていない私の気持ちは徐々に鬱々と膨らんでいった。「ああ、もっといい言い方はなかったのだろうか….」
 一時間くらいして、マーカスが戻ってきた。またしてもつかつかと私のところへ来る。「さっきはごめん。今日の僕はいらいらしてどうかしてる」と謝るではないか。私は「あら、いらいらしてたの?」ととっさに内心の驚きを取り繕った。「ぜんぜん気にしてないから」ということで一件落着。その後、彼との間にしこりのようなものはない。
 マーカスとのやり取りは、さながら「ピッチャーが直球を投げてもろに打たれたが、外野がフェンスぎりぎりでキャッチした」ようなファインプレー・コミュニケーションだ。当って砕けたから打たれても悔いはなかったが、期せず相手もいい反応をしてくれた。それに何よりも私が感動したのは、障がい者といわれながらもマーカスには自分の言動を振り返る自省能力がきちんと備わっていて、またそのことをきちんと言葉で表現したことだ。俗に健常者といわれる人の中にはこの能力が全くない人もいる。どっちがどういう「障がい者」なのかと思った。